陽巫のこと



  • 唯一、私が全てを打ち明けていたその友は十周年パーティーに来られたゲストの一人でした。
    それ以降よく御来店され、私と馬が合いよく一緒に遊びました。
    ワインとバーガーをカートに積んでゴルフしたり、週に一、二度は食事して同伴出勤したり、
    社長なのに、ボンヤリした風体なのに、とても頭が良く何でも知っている人です。
    この頃私は神棚の声から「ウズメ」と呼ばれ、
    その声の主は「我が名はサクヤ」と名乗られました。
    「私と繋がる時は、頭を空にし無になりなさい。
    さもなくば正しい案内が出来ません」
    やがて書記は、指先がなぞる文字ではなく、ペンを持ち紙に書き記す様になります。
    初めはミミズが這った様な何だか解らないものでしたが、やがて読める形に整っていきました。
    毎日毎日書き続けました。
    朝から晩まで通す事もありました。
    象形文字?ハングル?の形を延々と書き続けた事もあります。
    「無になられよ」頭の中で声がそう言い、ペンはただ書き続けます。
    吐き気がして頭が割れそうでしたが、
    トイレと水だけには腰が立ちました。
    ある時、それは半紙程のサイズで三枚、私の字では無く、丸い柔らかい字でした。
    「宇宙とエナジー・・・」から始まる長い長いメッセージは私一人では理解は難しく、
    何よりこれから入っていく世界が恐ろしくなっていました。
    信頼出来る友はこれを読んで何と言うだろうか?
    滅多に家には人を入れませんが、こればかりは喫茶店でコーヒー飲みながらの話ではありません。
    友は直ぐに来てくれました。
    ややこしい説明は要りません。
    「これ読んでくれる」で通用する程、私は友に打ち明けていましたから。
    「へ〜」と読み始めたものの、何度も読み直すと最後には真面目な顔になっていました。
    「本当に魂ってあるんだ〜」「宙ってこうなっているのか!」
    博識な友も驚いていました。
    何故かこの時、私は急に正座に直し、友を見つめます。
    友も何かを察したのか姿勢を正します。
    私の声がいきなり話し始めました。
    「何も心配要りません。この御方は守られています。
    完全なる媒体が必要なのです。
    この御方の魂は、はっきりそれを受け止めました」
    友は一瞬たりとも私の顔から目を逸らしませんでした。
    全身から力が抜けた時、友が言いました。
    「今、お前さんの顔が丸顔の知らない人の顔だった」
    私は「サクヤ様です」と静かに答えました。
    友はいっとき考えていましたが、
    「本当は心配していた、が今それは消えた。
    お前さんは本当に守られていると思う。
    俺なんかの出る幕は無いと思った」
    この言葉は強く私の背中を押し、
    私はこの船に乗る決心をしました。
    「これを生業とせよ。全ては書記に委ねれば良い」



  • 「ゆかしく・ゆゆしく・りりしく」
    船出に頂いたお言葉です。
    「日々の暮らしは常にゆかしく、
    勤めには臆する事無くゆゆしく向かい、
    その姿 常に凛と立つべし。
    そそり立ち見下す事ならず。
    暗闇に明かりを灯す先達となられよ。
    勤めに頂く感謝の言葉を米と頂戴すれば『何様』になる事も無し。
    決して金の座布団に座るなや」
    何と素晴らしいお言葉でしょう。涙が出ました。
    この教え有ればこそ、この選択に間違いは無いと確信したのです。
    この頃、世の中には占い師と霊能者がブームで毎日のようにTVに出まくっていて、
    その姿はきらびやかで派手な世界でした。
    だから指が動こうが身体が反応しようが、声が勝手に経を唱えようが、否定していたのです。
    「ゆかしく・ゆゆしく・りりしく」この言葉に強く心を動かされました。
    見えない存在は私を呼んだのです。
    「汝、これを生業とせよ」と。

    毎日毎日夢を見ました。
    誰かが唄ってます。
    🎵一つ拾うては天に上げ光の川に浄めたり〜二つ拾うては〜♬
    天井でゆらゆらと曼荼羅が動きます。
    何かが静かに始まったのだと思いました。



  • 中古でも住宅ローンは後4〜5年残っており、
    いっそのこと売って六畳一間に引っ越そうかと考えていた時、銀行から呼び出しが有りました。
    「こりゃ差し押さえかも・・・」
    青ざめて行くと「何かあったのですか?相談に乗りますよ」との申し出。
    びっくりしました。
    毎月の返済を無理のない金額に切り替えて貰えたのは本当に有り難かった。
    返済期間は長くなるけど、友人への借金等は一切無かったので、これが最後の借金です。
    「救いの神って本当にいるんだ」と思ったのは可笑しな話です。
    この頃、何となく小さな噂は広まり、
    どこからとも無くご相談の申し入れを受ける様になっていきます。
    これが口コミというものなのでしょう。
    人伝てに親戚、他県に住む友人、と細い糸が繋がり、やがて相談所が作られていきます。
    その大きなきっかけとなったのは・・・

    一日中自動書記と向き合い、頭の中では常に指示を受け、
    夢の中では唄を聞かされボンヤリと曼荼羅を見つめていた時の事、
    「今日は外に出なさい」と言われました。
    車に乗り、当ても無く走っていると「右へ、左へ」と首を振られ方向を示されます。
    指示に従って行くと、そこは店の営業でたまにお邪魔していた会社でした。
    「何でここに来たんだろう?」
    店は全て処分した後だったので入りにくく動けずに居ると、
    背中をグイッと押されドアを開けました。
    社長が居て「あれ?ママどうしたの?」
    少し世間話をして、声が詰まって沈黙が続いた時、やっと覚悟を決めました。
    膝に置いた指は絶えず動き、書いています。
    社長は不思議そうにそれをチラチラ見ながら、私が何しに来たか、何を言い出すのかを待っていました。
    「変な事を言うんだけど、本当に変な事なんだけど、
    その棚に置いてある大黒様が『あっちに場所を変えろ』と言ってます」
    私は手も背中も汗でビッショリでした。
    ママは落ちぶれて何かに取り憑かれたのか?頭がどっかにイッちゃったのか?としか思わないだろう。
    これはまた巷の面白い話で広がるだろうなぁ、と私がため息をつく前に、社長の反応は全く意外なものでした。
    「ママはそんな事が分かる人だったの?どこ?大黒様、何て言ってる?」とすぐ大黒様を動かしたのです。
    聞けばそれは亡きお父様からの品で、社長は不思議を信じる方でした。
    書記はこうなぞります。「この御方を守りなさい」
    この御方との関わりはここから始まり、
    私は事業を通して「欲とは我欲のみならず。正しく欲する形もあり、それが人を豊かに大きくするのだ」と教わります。
    さてこの社長、私より10程若く、中々に機転の利く御方。
    誠実に勤めるのでは無く、一攫千金の野望家です。
    だからこそ成り立ってきたのでしょうが、常に勝負を懸けているので、私の神経も相当すり減りました。
    しかしやがて事業は上向きに転じます。

    ある日、カレンダーを二枚めくり、右手が赤ペンで大きく❌と書きました。
    これ何だろう?
    立っても座ってもそれが気になりそこから目線が離れません。
    さっぱり判らなかったので博識の友に聞いてみると、友は笑いながら言いました。
    「そりゃ遍路にでも呼ばれたんじゃないか?歩き遍路なら二ヶ月掛かるっていうぞ〜」
    「へ?遍路って何?」
    本屋に走り、買いました。
    ついでに仏教の本も手に待たされました。
    え?二ヶ月歩くの?ムリ!!
    翌朝からひたすら河川敷を歩き回りました。
    多分熱中症になり、玄関先で気を失った事もありました。
    何しろスニーカーを持っていなかったので、手に入れる事から始まる準備でしたから、
    体力なんてあるはずもない!
    ❌印は5月半から6月。
    この時4月。ひと月の間、時間の限り歩きました。

    「二ヶ月遍路に出ます」と言えば、御相談の方々から祈願書と御礼・餞別を渡されました。
    一々神棚の前に座り、受け取っていいものかと尋ねれば、
    「全ては覚悟の事。遠慮なく頂戴し、ゆゆしく勤めよ」
    背負う役目で肩が潰れそうでした。
    「ただ学ぶ時です。我と歩めや。大いに語ろうぞ」
    白装束は、大祈願を託した社長が準備してくれ、道中支援も買って出てくれました。
    安堵で胸を撫で下ろしましたが、だからこそ一円たりとも無駄には使えません。
    皆様に見送られ出発。
    全く雨の降らない空梅雨のお四国でした。



  • 二ヶ月の歩き遍路となればどれ程の荷物を持てば良いのか想像もつかないし、
    リュックなど遠足でしか持った事が無い。
    十日分を詰め背負ってみるとまぁ重たいのなんの!
    これを背負って歩くのかと、行く前から心折れそうでしたが、
    祈願書が覚悟を決めさせました。
    一ヶ寺、一ヶ寺、祈願書を両手に挟み経に託します。
    歩き始めて、案の定重さに耐え切れず、
    リュックは半分サイズ、着替えは三日分に減らしました。
    靴はあっという間にすり減り半月で二足潰し、
    三足目はさすがに上等を買い、足マメの潰し方を覚えた頃、
    爪は三枚目が剥がれました。
    最初の「遍路転がし」焼山寺道は登る下るの第一難所。
    水切れで気を失い、這いながら登り、閉門ギリギリに倒れ込んだ寺門で、
    途中出会ったお坊さんが助けてくれ、御朱印に間に合いました。
    今思えば熱中症だったのでしょう。ペットボトル三本飲み干しました。
    寺から一時間ほど山道を下りやっと今日の宿。
    食堂では道中の顔見知りと互いを労いましたが、ふと気付けばあるご夫婦が居ません。
    病気で片麻痺になったご主人を介助しながら何年掛かってもこの御朱印帳を完成させたいと、
    月に二、三日の計画でお四国を歩かれているご夫婦です。
    お二人が宿に着いたのは夕陽が山に沈んで間も無くの頃。
    宿では皆窓側に座り、今か今かと外を見つめていました。
    渡橋の向こうにうっすらと姿が見えた時、宿の食堂は安堵の声と拍手で一斉に盛り上がりました。
    これをご縁と呼ぶなら神様仏様とは・・・言い表せません。
    だって何故だか翌日の朝から、ご夫婦、お坊さん、私の四人は連れ立って歩く様になりましたから。
    何とは無しに人生を語り、追ったり追われたりの山道、田んぼ道。
    あっという間に二日が過ぎご夫婦とのお別れの時、
    奥さんがチラッと私を見て、お坊さんに言いました。
    「僧侶、この人を頼むわ。一人ではたどり着かん。一緒に歩いてやってくれんかね」
    ご主人も同様に「ほんまこの人方向音痴やからどこ行くか分からん。頼むわ」
    私はびっくりしました。
    自分が心配されていた事も、方向音痴な事も全く知りませんでした。唖然!!
    ここからお坊さんとの二人歩き、
    いや、お大師様との同行三人が始まりました。
    聞けば高野山のお寺で若くから修行し、執事まで務めていたそうで、
    覚悟を決めての歩き遍路だと言います。
    息子と同い年というだけで、私はまるで親子で旅をしている様に感じました。
    毎日、祈願書を背負ってただただ歩く遍路道、気付けば足元しか見ていません。
    「人生とは遍路なり」 そうだ!心を放とう!と思いました。
    「私の人生は常に前を見て来た。でも今、足元しか見ていない。
    景色を見て目を癒し、
    時には美味しい名物でも食べて疲れを癒そうじゃないか!」
    その夜はお坊さんを誘い居酒屋で乾杯しました。
    翌日から減り張りが出来、心に余裕も出ました。
    海、山から力を頂き、木陰に風を授かり、
    道行く人と言葉を交わし、ご接待を受ければ感謝感激。
    人とは心の持ち方で、苦も楽しめるものだと学びました。
    どんなに苦しくても、それは長い人生の一コマ。
    心の持ちようでまだまだ頑張れる。
    そんなある日の夜中、誰かに呼ばれ目を覚ますと、
    観音様が浮かび上がりました。
    「先を急ぎます。添われよ」
    「◯番寺に急がれよ」
    と明け方まで耳元で囁かれるので、それをお坊さんに伝えると驚いて、
    一番早く行ける方法を調べてくれました。
    直ぐ支度をしてバス停に向かえば一時間待ち。
    仕方なく待っていると一台の車が停まり、
    「歩き遍路さんに声を掛けては失礼なんですが、乗りませんか?」
    正に渡りに船とばかりに、事情を説明して甘えさせて頂くと、
    何とそのお方は、ご自分の予定を変更して半日以上私達にお付き合い下さいました。
    「摩訶不思議」とは誠に有るもの。
    その後もこういう事は幾度か重なり、
    枕元に立たれたり夢に御神示を受ければ、必ず、翌日不思議が起きました。
    山という山は全て歩きましたが、長い車道には助っ人が現れる、見事なまでのお手配。
    これにはお坊さんと二人、目を合わせて驚きました。
    お四国で「御神仏」の存在をまざまざと見ました。
    人を見つめ己を知る。人生の宝となるお四国でした。
    さて「八十八番」で結願の後、お坊さんとは一旦別れます。
    高野山のお宿を取って貰い、そこで再会の約束をしました。
    お宿はお坊さんが執事を務めていた宿坊で、
    ここで私は運命の出会いをする事になります。



  • 今も大師が住まわれる高野山、八十八寺結願の報告に参ります。
    道中、背負った祈願への成就連絡も幾つか届いておりました。
    願いは様々で、病、子孫の事、ご縁、人生の迷い。
    「祈願書を託せば叶う」と、皆様は一様に私の帰りを待っておられました。
    確かに努力で叶わない願いが多く、もはや神頼みさえも有りました。
    どうか全てが叶う様、勤めた甲斐があって欲しい。
    私こそ、その思いで歩きました。
    高野に上がって三日目の朝、遍路への準備を整えて下さった社長からの弾む声での電話。
    「早く帰って来て下さい。会社はもう大丈夫です!!」
    いつ戻れるか分からないと覚悟を決めていましたから、この電話は本当に嬉しかった。
    身体も声も震えました。
    早々に荷物をまとめ、午後には高野を下りました。

    ところで、お世話になったこの宿坊。
    「お待ちしておりました。前執事からご予約は賜っております。何日間のご宿泊ですか?」
    「未定です」と答えながら、
    ん?この声知ってる。口調にも覚えがある!
    と、宿帳を書き終えお顔を見ましたが、見覚えは無い。
    でも少し会話を重ねれば、間違いなくこの声には記憶が有りました。
    私には十三年の接客で身に付いたこの記憶力に自信が有りました。
    おかしいなぁ、何だろう?
    帳場を通る度に、挨拶を交わし声と記憶を探っても判らない。
    執事は整ったお顔立ちで、座す姿・立ち姿が美しく衣がよくお似合いのお坊さんでした。
    結局、滞在中は思い出せぬままでした。

    さて、帰れば本当に目まぐるしく忙しい日が続きました。
    ご指示の通り、寿寿かけの社建立。
    御相談は次から次へと増え、
    黙々と歩く遍路行がどれだけ安らぐ旅だったかと思い知りました。
    教えを頂戴し、ただ静かに学ぶ。これこそ遍路なり。
    ここから「行」たるものが始まりました。
    ある日地図を指し、ここに向かい、神社を探すよう指示を受けます。
    何度も通って、ようやく見つけたそれは山の中腹に在りました。
    三畳程の社の中、板壁は隙間だらけで、神社というよりひっそりとした祠でした。
    しかしそれから何度も通う内に人の手が加わり、
    ボロボロの壁は修復され扉や窓もサッシになり、
    落葉で沈む足元は地面が見えるよう清掃されてゆきました。
    それを見届けてかの冬のある日、こう指示が出ました。
    「半紙三百枚、筆ペン三十本。緋の袴を身に付け籠るべし。
    三日の行とする」
    私は頭が真っ白になり寒気さえしました。
    どうやったらこの行から逃げられるかばかり考えていました。
    「一人でこんな陽も射さない祠に巫さんの姿で? 嘘やろ!
    誰か来たら警察沙汰になる。大体、虫がいる。
    嫌だ! 冗談じゃない!」
    カレンダーに◯印が描かれました。
    私の誕生日から三日間、水のみの行でした。
    祠を囲む木は高く葉を内側に巻いていたので夜は月も星も見えぬ真っ暗闇。
    獣の争う声が聞こえる中、自動書記はただひたすらに書き続けました。
    人が来たら・・・の心配は、雪と大雨で無くなりました。
    次の七日行はその一ヶ月後で、
    「一汁一飯」半紙筆ペンは三倍でした。
    眠くても疲れても手は動き続け、立つにも身体は動かず。
    ここに至ってようやく「行」の意味を知らされます。
    「無」となる為、「巫」となる為、完全なる媒体となる為の孤立の行場でした。
    「何事をも神仏に問うべし。
    札は書くのではない、書記に預ける指となれ。
    己の力ではない、身を差し出した神仏の力。
    一切全てに身の程を弁えよ」
    本物のドSです。


  • ⓪神言
    2003年「世の中は乱れ悪は蔓延る。
    人は濁流に呑まれ抗う事は出来ない。
    間近に起こる惨事をただ見つめるだけ。
    世は地獄。人は唖になるしかないだろう」
    2005年「魂は人に住み人を育てる。
    学びは様々で、狼狽える者には寄り添い行く先を伝える。
    心を見つめなさい。
    その時間こそが必要なのです」
    2007年「罵る者、危める者、荒む者、我欲に溺れる者には魂は無い。邪のみ。
    魂に見放された人は鬼と化し、鬼ののさばる世を宙は見つめる。
    負の連鎖は地を這い人の心を蝕む。
    海は人に刹那を与え、愛を繋げと叫ぶ。
    これを受け止めた心は愛を呼び覚ますだろう。
    助け合う心は掌に温もりを伝え、立ち上がれぬ者を救うだろう。
    愛を広めよ。愛こそが力なのだ」
    2009年「人は生かされている事を知るべきだ。
    与えられた時間を精一杯尽くさなければならない。
    巫よ、お前が倒れる度に私は息を吹き掛ける。
    まだだ。やるべき事がある」

    私が自ら精神科に行こうと決めた時、本屋で右手がすっと引き出した一冊の本があった。
    その本は私を癒し落ち着かせてくれた。
    枕元に置き、胸騒ぐ時は抱きかかえて眠った。
    漸く心を取り戻した頃、右手は又一冊を選んだ。
    「フィンドホーンの花」アイリーンキャディ著。
    波乱に溺れず「神」を信じ、貫いた女性。
    時代も文化も常識も日本とは違うけれど、
    信じる事はこんなにも人を強くするのかと胸を打たれた。

    最初の「寿寿かけの社」を受け持った時、こんな神言を授かった。
    「陽巫よ、やがて世界は力比べを始めるだろう。
    愚かな我欲に蝕まれ命を踏みにじる者等は、
    宙を崇めながら足元を流血で染めるだろう」
    「宙と繋がるアンテナを持つ者は世界中に居る。
    各々静かに務めている。
    人と人が呼び合い、愛を伝え合う。
    寿寿かけはそういう所になる。
    いつか神域を作る。
    お子を預かり、愛を育てよ。
    盲目なれど第三の目を持つ、
    聴覚が無くても心を読む、
    声が閉じていても心に訴える、
    その様なお子のセンスを開放し、育て、世に羽ばたかせよ。
    今はまだ虚ろなれど、やがて時が来れば必ず整う。
    それが神事です。
    無償の愛こそが神国日本の『フィンドホーン』を立ち上げましょうや」



  • ある夜中の事。「ビルマに行かれよ」
    それは遍路の行中に聞いた「◯番寺に急がれよ」と同じ口調でした。
    信頼を頂いていた社長に伝えると、何と早々に準備して下さいました。
    「映画『ビルマの竪琴』の あのビルマ?」
    現在のミャンマーです。
    何しに行くんだろう。何で「ビルマ」と言われたんだろう?
    まさかお経を唱えながら歩くんじゃないだろう?
    色々頭をよぎりましたが、友に伝えれば、
    「トランジットがあるぞ。大丈夫か?
    帰って来いよ。先ず着けるか?」
    と友は私の方向音痴を知っていたのか、一人旅をただ心配していました。
    本当に心配して色々書いて教えてくれました。
    向かう先は赤土のバガン。
    ここで私は異次元を見ます。
    それはガイド君の説明を聞きながら町並を歩いている時でした。
    す〜っと視界の色が変わりました。
    ガタガタと音を立てて水牛が荷車を引いています。
    向こうからレンガ色の衣を纏った僧侶が二人。
    一人は恰幅の良い僧侶で、分厚い本を脇に抱え、話しながら歩いていました。
    景色は先程までの町並と色が二重に重なっており、
    歩く人々の着衣は見た事の無い物でした。
    本を抱えた僧侶とすれ違う時、ゆっくり目線を交わし私は固まりました。
    「この目、私だ!」と判ったのです。
    一瞬、時が止まった様に互いは見つめ合いました。
    後ろからガイド君に声を掛けられ、ふっと我に返りましたが、
    まるで宙に浮いていた身体の感覚とその出来事はどうにも説明出来ません。
    バガンは濃い赤土の地で、まるで生えている様にポコポコとパゴダが並びます。
    其々に持ち主が居るらしく、ガイド君が鍵を借りて来て中に案内してくれました。
    「瞑想なさいますか?
    僕はその隅に居るので終わったら声を掛けて下さいね」
    静かな無の空間。
    ブッダの座像の正面にあぐらをかいて禅を組むと、ゆっくり身体が揺れ始めます。
    一定のリズムを保ち、メトロノームくらい乱れません。
    と、後ろに話し声と足音が聞こえました。
    静かな足音は私を囲み、やがてふわりと包み込む様な経が聞こえて来ました。
    目は閉じていたのに私にははっきりと見えました。
    レンガ色の衣の僧侶達は、ブッダに挨拶をしては後ろに下がり、それが暫く続きます。
    どのくらい経ったのか。
    経が止み、漸く身体が解けました。
    ガイド君に聞きました。
    「今、僧侶のお勤めの時間だったのね。
    私、正面で邪魔をしてしまい本当に失礼な事をした。
    何かお詫びをしなくちゃ。どうしたら良い?」
    「え?誰も入って来ませんでしたよ。静かな瞑想でしたね」
    私は彼が気を使ってくれているのかと何度も聞き返しましたが、
    「本当ですよ。誰も来ていません」と不思議な顔をしていました。

    チベットのガイドは真面目で丁寧な女の子でした。
    飛行機を降りたと同時に高山病になった様でフラフラして歩けず、
    初日の夜は頭痛と嘔吐でトイレに倒れ込み朝まで立てませんでした。
    翌日、予定を昼からに変更し、
    彼女の一番好きだと言う、山の中腹辺りの寺に案内してくれました。
    しんと静まった堂内は天井が高く、ピンポン玉程の光が飛び交っています。
    これは何だろう。何が飛んでいるんだろう。
    それはあいた口が閉じないほど美しい光景でした。
    「こういうイベントをやっているの?」と彼女に聞くと、
    「?」「そんな物は有りません。今日は珍しく誰も居ません。
    普通は勉強中の僧侶が何人か居ますよ。ここは勉強する寺ですから」
    と真面目に答えてくれました。
    「一人行」は異次元への旅です。
    どなたとも答え合わせは出来ませんが、あの美しい光の祭典は、今もはっきりと脳に残っています。

    スリランカは焦げ付く程の強い紫外線で、突発性のアレルギーを起こしました。
    スリーパーダ登山中、ヒルに血を吸われ腫れ上がり、長い階段を踏み外し大アザを作ったり。
    二週間を二度の行場でした。
    ポイントの時空の門は、ベントタの海上にありました。
    海面に迫り上がった大岩に波がぶつかり白く泡が吹く度、
    その上に歪んだ空間が浮かび上がります。
    頂戴した神言を唱え、リンの音の様な声を響かせれば、
    グルグルと輪が広がり空洞が整えられていきました。
    その奥を覗けば宇宙です。
    昼なのにそこだけ青黒く、点々と星が光っていました。
    瞼が閉じないので、海面に反射する太陽の光で眼が焦げるかと思いました。
    血が巡るスリランカ。この島で「一人行」が落ち着きました。

    さて、お待ちかねの高野の執事登場です。

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